昔、サッカーをやっていた頃の私・・・ではありません。
私は,中学生のときには中間テストや期末テストの2週間くらい前から,主に理社の知識を中心に対策のための家庭学習時間割を作成していました。英数は日頃からやっていたので(毎日最低でも30分ずつ,英語の予習は日曜日にやることが多かったです)テスト前に特にやることはありませんでした。強いて言うと,直前に英語は単語のチェック,数学は公式の確認をする程度。しかし,今の子たちは直前に英数をバタバタとやっています。英数は日頃の積み重ねが大切な科目なので,明らかにそのような学習方法は間違っています。直前にバタバタと詰め込むのは知識学習にすべきで,理社の知識(メリハリをつけるために,ヤマをかけるのも面白い方法です。たとえヤマが外れても,そうやって覚えた知識は意外に長く残るものです),国語の語句・漢字などが中心となります。
ところでどのようなやり方であれ,自分にあった学習を計画的に実行していれば,そのなかで自分が解いた問題の答えがあっているかどうかは絶対に気になるはずです。それをチェックし,やり直したり調べたり,分からなければ質問するという流れができるはずです。その積み重ねで学力は伸びていくことになります。しかし,自分で解いた問題の答え合わせを私に任せる子がいました。
なぜ中学生になっても答えあわせを自分でしない子がいるのでしょうか。それは中学受験の段階で勉強方法に何らかの問題があったからだと思います。自主性自立心が育たないような環境があったのではないかということです。家庭教師をして感じたのですが,親の面倒見が良すぎると子どもの自主性自立心が育たちにくいような気がします。こんな例もあります。私立小学校から他の私立中学を受験する生徒を何人か担当したことがありますが,公立小学校の生徒たちと比べて,ちょっとわがままで自立心がない子が多いように感じました。これは,同僚たちも同じ意見でした。私立小学校の面倒見が良すぎることが原因かもしれません。
自主性自立心を持ってもらうためには子どもの面倒見を手抜きすればよい,というのも暴論で,世のお母さん方から何言ってんのと怒られそうですが,細かいところに気がきいてあれこれ先回りして過保護になりすぎるのは注意したほうが良さそうです。母親がきちんとしすぎていると子どもが自立するのに時間がかかります。でも,母親がだらしないと子どもがしっかりとした子に育つのかは・・・ちょっと保証しかねます(^o^)
私の出身地は伊豆七島の神津島というところです。家庭の都合で小学3年生になるとき上京しました。夏になるといつも帰省し,親戚の家にお世話になっていました(実家はないのです)。中学1年の夏に帰省したとき,一番仲の良かった従兄弟(私より1つ年下なのでまだ小6)が私のために瓜(うり)をむいてくれたのですが,私にとって自分で瓜の皮を包丁でむくなどありえないことだったのでとても驚きました。「あ,このくらいは自分でやるんだ」と驚きました。それ以後,親や姉にやってもらっていたことを自分でするように努力した記憶があります。その後,中学校の友達に日頃の行動で何を自分でしているのかを聞くようになりました。自分よりも自立している友人に大いに影響を受けたように思います。本や参考書を自分で買いに行くようになったのは友達の影響です。新宿紀伊國屋書店では,カフカの「変身」を立ち読みで読み切ってしまいました。さすがにまずいかなと思って,他の本を2~3冊買ってきました(^o^)
従兄弟は私が島に帰ることを伝えるといつも朝イチで魚を釣りに出かけてくれていました。テレビにも出たことがある釣りの名人でしたが,数年前に病気で亡くなってしまいました。コロナの影響で見舞いに行くこともできず,とても残念でした。
次回から「方程式」について扱います。問題を解くのに方程式を使ってよいのか,を考えます。段落の最初を1文字空けるために太字にしています。
どこかのお寺で撮った写真を絵にしてみました。
